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手書きの文字が持つチカラ

執筆者の写真: 芝陽
芝陽
7月31日
読了時間: 2分


墨書。芝陽 直子書


質問:手書き文字、好きですか?



そんなこと聞かれても、好きも嫌いも考えたことないなぁ…と思うかもしれないですね。


もう随分、手書き文字なんて見てないし、自分も書いてなかったような…

書いたとしても付箋に書いたメモ程度とか…


そうですね。現代の私達は手書き文字を書くことも、見ることも本当に少なくなりました。




では、もしこんなチャンスがあったとしたら?



質問:あなたが大好きな人に(2度と会えるかわからない程の)会えたとして、その場で握手するか、サインをもらうかの二択だとしたら…どちら?


これは結構迷うかもしれません。



私だったら…ペンを手渡して書いていただき、ペンとサインを宝物にしようかな。けど、握手も捨てがたい。




いづれにしても、迷うということは同じくらいの価値を感じている、ということです。



たとえサインの文字が、ミミズが這うような線の集合体だったとしても、その文字を見てキュンとして、とっても大切なモノに思えるのではないでしょうか。



サインを見るたび、その人の存在に触れた気持ちになって、書かれた瞬間を思い出し、嬉しくなったり、愛しくなったり、元気が出たり。


上から下から斜めから、色んな角度から眺めても、楽しめそうです。



そう考えると手書きのサインは、ただ紙に書いた文字以上の力が宿っている唯一無二のお宝といえるかもしれませんね。




私には、見ると元気になる文字がいくつかあります。


すぐに思い浮かぶのは、母が渡してくれたメモと、かつてやりとりしていた家族の手紙。


母の手書きの、買物のメモ。日常のひとコマで手渡されたものが、なお愛しい。一緒に過ごした記憶
母が書いた いつもの買物メモ。翌冬コートのポケットから出てきた。日常の愛しさ




そうそう、過去に自分が書いた文字と対話して、豊かな気持ちになることもあるんですよ。



そんな時の文字は、確かに私が書いたものではあるけれど、もう違う存在として話しかけてくるような、そんな気もします。



手書き文字は、なかなかに奥深いのです。




フェイスタオルに書いた名前。手術の日の前に。祈るような気持ちで。
母の手術日の前に届けたフェイスタオルに。祈りと、覚悟と

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